
現道の三津坂隧道である
狭いため 大型車は交互通行となっている

昭和36年2月に完成したようだ
この際、長瀬集落の道も付け替えられたのだろう

内部である
狭い
狭いなか、反対側から高校生(伊豆中央高校の制服を着てた)が自転車でやってきた
そういえば伊豆中央高校には沼津からチャリでくる猛者が割といるらしいが彼もその一人だろうか

反対側の坑口、長岡口と大差はなかった
ここからは旧内浦村三津 現沼津市内浦三津になる

三津口の扁額

場所はこのあたり
出てわりとすぐ左に道があるが、これが旧道である 現道との接続が直角になっていて不自然かもしれないが これは元々旧道が九折を描いており そのカーブの頂点で現道と接続しているためである

旧三津坂隧道の案内板が設置されていた 歴史ある明治隧道を保存しようという動きがあるようだ
ちなみに中の人も このトンネルの名前を 旧三津坂隧道だと思っていたのだが こちらのサイトによると長瀬隧道が正しいようだ その為この記事のタイトルも こちらにしている

旧道には桜が咲いていた

なんか階段がある、登ってみよう

大願成就

なんとなく手を合わせてみた

左に行くのが旧道である 真っ直ぐ行くのはおそらくトンネルが作られる前の古道にあたる道だと思われる ちなみに大正の時代までは旧道の九折は存在せず 旧道はここを左から右へ下っていたようだ──という事実に家に帰ってから気がついた……事前調査不足でごめん(この日はこの後も事前調査の不足が伺える場面が多々あった)


桜が咲いている
まさか今年初の花見が廃道でだとは思わなかった

旧道は舗装がされていたようだ
反対側はそんな様子を微塵も感じさせなかったが……

トンネルが見えてきた


ちなみに入口のパイプは、入れないように坑口をバッテンして封じてた名残のようだ
以前の写真を見ると 封鎖をしっかりしていたようだが、荒された……というより撤去された痕跡がある(長岡口に関しては、よく写真を見ると崩落で封鎖が潰れてた様子がわかる)
さて、こっちはどうやら水が引いてるようだ 入ってみよう

入口こそは石積されてるが 奥は素彫のようだ

トンネル内もかつては舗装されていたようだ

けっこうゴツゴツしてる
これを昔は路線バスが通ってたというから驚き

全長約170m 幅3.6mのこのトンネルだが この狭さに 観光バスがこのトンネルの手前で折り返すというシーンが度々見られたようだ



この旧三津坂隧道は幼少期を伊豆湯ヶ島で育った井上靖の自伝小説三部作の一つ「しろばんば」や太宰治「斜陽」にも登場しており、湯治場として明治以降発展した伊豆長岡と港町として栄えた内浦を結んだ歴史ある隧道であった
天城隧道より古いにも関わらず 土木遺産や県の文化財にも指定されていないが それぐらいの価値があるのに勿体ないと感じる
【おまけ】

どうせなら県道130号線を最後まで歩こう

奥の交差点が県道130号線の終点であり、県道17号沼津土肥線と交差している
手前の交差点はというと、その県道17号線の旧道と交差している また、以前は旧道の位置が海岸線で 今の県道17号線が走ってるところは海で 後になって埋め立てられた場所であるようだ
当然、当時の県道130号線もこの手前の交差点が終点であった


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