国道398号 旧道【水界隧道(前編)】(宮城県登米市・南三陸町)

廃道とか旧道とか未成道とか


現在地はここ
探索日は2019/9/14
住所は宮城県登米市東和町米谷朝田貫というやたら長ったらしい名前になる
東和町は登米市に合併する前の自治体名、米谷は東和町に合併前の町名でマイヤと読む 朝田貫はおそらく当時の大字名か?
ちなみに登米市はトメと読む
読めない

合併では旧自治体名は住所から消滅するか大字として置き換わるかのどちらかのことが多いけれど、昔からの地名を極力無くさないようにする登米市の姿勢は素晴らしいと個人的には思う
おそらくこれには登米市が8つに別れてた登米郡の町と近隣の津山町を1度に合併し出来た市だということが影響していると思われる
まぁ、住人は毎回自分の住所書くのが大変そうだなぁ…

話が脱線した

今回紹介するのは国道398号水界峠の旧道である

国道398号は宮城県石巻市の国道45号交点を起点とし、女川町を経由し再び国道45号にぶつかり重複、南三陸町志津川で再び単独区間に入りそこから宮城県と秋田県を色々な国道と交差、重複しながら斜めに縦断し、最終的に日本海へ至り由利本荘市国道7号交点を終点をしている

やたらと色んな国道と重複したり、訳分からん経路を辿るこの国道398号だが、それは数多の県道を統合して国道へ昇格した名残である

今回紹介する区間は旧秋田県道17号・宮城県道26号湯沢築館志津川線だった区間である
元となった県道が秋田県湯沢市から太平洋側まで続くというめちゃくちゃ長大な路線で、この国道が単独でまともな経路を走るのもこの区間が殆どである

水界峠はその一番終点側に存在した峠であった


旧道はまだ舗装が残されていて歩きやすい
米谷側は道が狭まいからか結構な頻度で待避所が設けられている
普通車同士なら待避所以外でもすれ違えるであろうから、大型車の為に設けられたものだろうか


ガードレールも残存している


また待避所


カーブの標識も残っていた


ここの標識、一般的に見かけるタイプより何故か一回り小さい


ん?


斜めってるね


「トンネル内道巾せまし 最徐行 」


トンネルの前に廃車が出てきた


隧道が見えてきた
これが水界隧道である
1886年(明治19年)竣工の明治隧道で、数多のサイトで宮城県で最初につくられた(近代)トンネルとして紹介されている

……ちなみにこれは正しくない
近代トンネルに限ったとしても、1882年竣工の関山隧道の方が古く、また以前紹介した高柵山隧道も1884年竣工なのでこれよりも古い

ただ、関山隧道は山形県が主体となって造られ、高柵山隧道は工兵隊により築かれたので 「宮城県が主体となって造られた隧道」としては最古のものとなる

さて、この時代の東北地方の道路網構築は既存の水運を補完する形で整備が進められていた
これは旧北上川河口に造られた野蒜築港を中心として整備が進められてたからである
関山隧道も元は山形から野蒜築港へのアクセス路としての意味合いが強かった

水界峠はその名の通り分水嶺、西は北上川水系に属し、東は八幡川などで直接志津川湾へ流れ込む 元々ここには米谷道が通っており交易道路として栄えていたが、ここに北上川水系による水運と志津川湾からの海運を補完する形で整備されたというのが、この水界隧道を含んだ明治の米谷道(本吉街道)であった

最も野蒜築港計画は頓挫し、水運は早急に鉄道に置き換わったのだが それでもこの道の重要性は変わらず、1953年に改修工事がなされ、1981年に新水界トンネルができるまで現役で居続けた


隧道は土嚢で塞がっている
比較的近年まで通り抜けが可能だったためGoogleで検索すると 主に心霊系のサイトが当時の写真を載せている
塞がれてしまったのはおそらく2014年頃と推測される


扁額
当時の宮城県令 松平正直の名前も記されている


昭和に改修を受けているため、当時の面影は残っていない
その為明治隧道にしてはだいぶ広くなってしまっている
宮城県最古のトンネルを謳ってるのに、非常に惜しい(真に最も古い関山隧道も改修されてこのぐらい広くなっているのだが、こちらは土木遺産にも認定され 歴史的にも有名になっている 改修を受けておらず明治隧道そのままの姿を残しているのは 素掘りであれば高柵山隧道が 煉瓦積みであれば城山隧道が宮城県最古となる)

さて、米谷側はこのぐらいにして、反対側 志津川側へ向かおう

つづく

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