
大鮫の海
この海に震洋が浮かぶことは訓練含めなかったと思われる
末期も末期でついに一隻も配備されることなく終戦を迎えたここは、格納庫の数からして結構な数配備する予定だったと思われる。
尤も末期の震洋隊基地はどこも施設のキャパに較べ配備数が足りてなかった節があるので、半ば意地で見かけの規模をデカくしただけなのかもしれない
肝心の特攻兵器すら配備されず、辺境の離島に配備された特攻隊員はどんな気持ちだったのだろうか
なお記録では232名が配備されていたとされるが、実際そんなに居たのか怪しい所がある。
秘密裏で建設されたので、地元民でも存在を知らない人がいたらしい
実際に大鮫隧道で完全に隔てられたここは隠し港としてはピッタリだったに違いない
この大鮫隧道も恐らくこの震洋隊基地に由来するものと考えられる 宮城県道路トンネルリストによると大鮫隧道は延長76mだが施工年不明となっているのは恐らく秘密裏で造られたものだからであろう
尤も米軍にはバレていたようで宮戸島でも空襲を受けている
大鮫隧道の反対側、室浜で3、4名は空襲を受け亡くなっているようだ

さて、さっきから気にしないようにしていたが、港の岸壁から煙が出てるのはなんで?

誰かゴミでも燃やした?
微妙に火が出てるんだよな……
ちなみに港の岸壁は戦後すぐに米軍により撮影された航空写真に現在とほぼ変わらない姿で写っている。その後漁港に転用された節は見えるがおおむね当時の姿のまま残ってると思われる

さて、こちらが今回の本題
ここには大鮫隧道の他にもうひとつトンネルがあるらしい
それがこれらしい

パッと見は他の格納壕と変わらないが、よく見ると貫通してる

内部は散らかってる

途中でコケた
なんだと思ったら、ここだけ何故か床が盛り上がってた
なんで?

なんか、全体的に造りが雑だなという感想
これは他の格納壕にも抱いた感想だったけど
よく崩落してないよね、2つのトンネルはまだ致命的な崩落はしてないけど、他の格納壕は結構崩れちゃってる

トンネルを抜けると…
なにもなかった

小鮫隧道はかなり中途半端な場所で反対側に抜けていた
仕方ないので岩肌を下り浜に降りる
こちらは小鮫浜と呼ばれていたらしい
この小鮫と、さっき居た大鮫の2つを合わせ鮫ヶ浦と言う。
一般にはこの震洋基地があった隔離された入江のことを大鮫ではなく鮫ヶ浦と呼ぶらしく、資料によってどちらの名称を取ってるかバラバラだったりする
こちら側には特に震洋隊に関するものは見当たらなかった
元々は小鮫隧道を介しもっと開発する予定だったのか、そもそも小鮫隧道は格納壕を大きくしたは小鮫浜と繋がってしまっただけなのかもしれない(その方が小鮫浜川の出口がほぼ空中に浮いてるような中途半端な場所にあるのに説明がつく)
なお、当時の航空写真を見ると小鮫に施設の建物があったとの情報があるが、戦後米軍により撮影された航空写真見ると、大鮫には建物の影が見えるが小鮫には何も見えないんだよね

さて今回、ビーノの廃道デビューを兼ねて、以前自転車で来たのに廃道の存在に気づかずスルーしてしまった宮戸島へ再リベンジを果たしました。
最近多忙でブログ更新をサボってしまったので、しばらくマメに更新したいと思います
あ、今回の記事は個人的に廃道として扱うのは気が向かないので廃墟カテに入れさせていただきます
終わり


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