
宮古に泊まった時のこと

早朝に目が覚めたら、美しい朝日を見ることが出来た
しかし、今でこそ穏やかな波の向こうに美しい朝日を見ることができてるが 今たっているこの場所も 東日本大震災の時、津波の被害をモロに受けた場所である
ホテルがやけに新しいと思ったら、やはり被災し水没した後に建てられたもののようであった

ふと思い立って、震災以来休止中の山田線の磯鶏駅へやってきた
どうやら、青い線のところまで 津波が襲ってきたようだ
待合室はいつだかに訪ねた只見線と同じく 封鎖されていた

ちゃんとホームも線路も残っていることに安堵する

少なくとも、まだ廃線のような雰囲気は無い、少なくとも只見線ほどではないようだ

駅のホームからはSLが見えた

線路からホームを望む
線路から見ると現役路線のようには見えない(最も紀州鉄道の現役区間もこのような状況なので、一概には言えない)

とりあえずこの線路を歩いてみよう


わりと序盤で封鎖が見えてしまった
この先はトンネルのようだ
復旧工事でもしてるのだろうか?

と思ったら鉄道とは関係のない工事だった
どうやら、東日本大震災の復興道路計画の一つで、ここに跨線橋を造ってるだけのようであった
奥にはトンネルが見えるが、ここは素直に迂回する

迂回した先

こちらもわりと綺麗に残っている
もしかして、磯鶏までなら普通に列車が走れるのでは?
──とこの時点までは思ってました

隣に廃線跡らしきものが見ててきた

なんだこれ?
どこへ繋がってるんだ?
と、後で調べてみたところ ラサ工業宮古工場専用線というもののようだ ラサ工業はかの田老鉱山で有名だが、田老鉱山から索道で宮古まで鉱石を運び、宮古で精錬していた
どうやら、この専用線には隧道もあるようだ
時間があればもう少し調べてみたかったが、この後の予定があったので断念した

さて、山田線を進む
この時点では 「このまま宮古駅まで行けるかな?」なんて思っていた

──え、ちょっと線路歪んでない?

え、

なんか、枕木ごと路肩に落っこちていないか?

───うわぁぁぁ…………


閉伊川橋梁である
橋の上には何も残っていない
いや、むしろ橋自体が残っていることが奇跡に近いだろう
やはりここも津波の被害をモロに受けたのだろう

そして、津波によって 橋上のレールと枕木が持っていかれ それに引っ張られる形で この線路がこんなにも歪んでしまったのだろう

かなり線路が流されてることがよくわかる
とはいえ陸前高田などは レールが原形を留めてないぐらいに歪んでいた所もあったので まだマシな部類なのだろう

橋を横から見てみよう
──あれ?

──やはり橋梁も流出してしまってたか……

無惨に橋脚だけが残されてる

宮古橋からみた閉伊川橋梁である
遠くに見える高い煙突は ラサ工業宮古精錬所の煙突である 有害物質の排煙の拡散を促す為、高い煙突を造ったらしい

宮古駅である
山田線の休止区間は現在 三陸鉄道への移管と復旧が進められてるが、被害が大きかったことから殆ど復旧は進んでいない
BRT化も検討されたがこれは近隣市町に2度に渡り拒否されている
比較的被害の少なかった宮古口と釜石口の復旧計画は進行しつつあるそうだ
一刻も早い復興を祈ってます
余談だが
復興道路計画等により 沿線道路は絶えずダンプカーが走ってる
これをいくつか鉄道貨物へ移管させたら、鉄道の活性化に繋がるのではないだろうか
残念ながら今のところのそのような話は聞いたことないが


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