
最近 多忙により全く廃線廃墟に行っておらず ネタ不足に陥っているので よりによって約一年前に探索した廃線跡を今回は取り上げようと思う
ちなみに、探索日は 去年の10月の三連休である この三連休最終日に探索したのが このブログ初のフォロワー様との廃線オフとなった あくせにゃと探索した近鉄大阪線の青山峠区間廃線であることを考慮すると 眠りに眠り続けたネタであることが伺える
──ちなみに 公開する気がなかったわけではない わりと有名な場所とは言え それなりに見所がある廃線なので このブログにも載せるつもりであった
しかし、近鉄大阪線の廃線の方が印象的だった上に この廃線は どちらかというと某泣きゲーの聖地巡礼という感じで探索したので いざ帰ってブログを書こうとしていた頃にはすっかりこの廃線の存在を忘れていたのであった
今になって 思い出したように、ブログに載せようとしたのは 今月より一人暮らしを始めた中の人が 引っ越しの際に放置していたSDカードが発掘されたのが理由である
とくに深い意味があったわけではない

さて、去年の三連休 元々は 母親氏が「温泉に行きたい」と言ってたので 鉄道記念日の記念切符を使用し 紀勢本線で紀伊半島を一周しながら 途中南紀勝浦温泉に寄り 久々にローカル線の旅を満喫しようとしたものであった

三連休中日 朝方に 母親氏に「先に行ってるからのんびり和歌山まで来てくれ」と伝え 一人 紀伊勝浦から 西に向った

──JR西日本は 地方ごとに塗装を統一させる傾向があるのだが 和歌山は水色のようだ
某國鐵廣島に代表される末期色とは違い 少なくとも この地域の雰囲気にあっているので これはこれでいいかもしれない
──最も この後 水色の117系や同じく水色の115系に遭遇(しかも先頭車魔改造)し 少しばかり「これでいいのか?」と疑問に思いもしたが

また、どうやら、関西圏と南紀を結ぶ 特急「くろしお」系統の列車が全て「くろしお」に名称統一された上に 新車287系が走っていた
最近 JR西日本は 今さらになって地方に新車を導入する動きを見せてる
未だ数多くの国鉄車を魔改造させ走らせてる地方にとって それは喜ぶべき動向なのかもしれないが 一鉄道ファンとして 長年愛されてきた列車達が置き換えられていくのを見るのは少しばかり寂しいと感じる

さて、相変わらず前置きが長くなってるので いい加減本題に入ろう
JR紀勢本線 御坊駅から西御坊までを結ぶ 現在、日本一短い私鉄 紀州鉄道
今回はその 末端部分にある 廃線を探索した


西御坊駅である
総延長2.8km 10分足らず 北条鉄道から譲渡された 日本唯一の営業用2軸気動車──もといレールバス揺られるとあっという間に終点に着く
しかし 線路だけは その先にへと続いている

1989年まで 紀州鉄道線は西御坊から先 日高川駅までの総延長3.4kmの路線であった
今回探索する廃線はこの1989年の廃止区間である

先ほど「某泣きゲーの聖地巡礼的な感じだった」と言ったわけは この廃線が key作品の2作目 AIRに登場する廃線のモデルとなっているからである
また他のAIRの聖地も ここを中心に数多く点在している

アニメAIR第六話「ほし-star-」に登場している 廃線のガーター橋梁は 西御坊駅すぐの場所にあったのだが 残念ながら現存していない
なお上の絵は京アニ作品なだけあって 現存当時とほぼ変わりない再現度とのことである

橋梁どころか 橋脚さえも撤去されてた
流石に 橋梁の放置は危険だと判断されたのだろうか

廃線跡は 概ね ほぼそのままの状態で放置されている
一応言うと現在でも 廃線跡は紀州鉄道の所有である
近隣住民の目もあるので 探索の際は注意するように

──なにせ こんな感じで廃線跡は続く

元々 第三種の踏切でもあったのだろうか
アスファルトで 線路が途切れてる

廃線跡を歩いてたら おばあちゃん発見
なんか 廃線跡に植えてある花たちに水上げてたのだが……
こちらの姿を確認すると 話しかけてきたので 少しばかり 世間話をしました
どうやら この前日も 高校生ぐらいの人が 大阪から来たそうです




こちらの踏切跡も撤去されていた




廃線跡に──車?!?!

踏切跡


線路と建物との距離が少しばかり狭い気がする
当時からこんなだったのだろうか…




普通に民家の庭先を廃線跡が続いているのだが…

レールが無ければ廃線だったなんて分からないぐらい自然にそこにあるのだが

というか畑に組み込まれてないか……

それどころか どう考えても民家の庭先です

辛うじて 立入禁止の標識が ここがまだ紀州鉄道の土地であることを示している

──ん?なにかある



あまりに自然すぎて通り過ぎてしまいそうでしたが なんと 腕木式信号機が残っていました
──朽ち果てて 残骸しか残ってませんね
信号機のライトどころか 腕木すら残っていない これはもう 腕木式信号機と言えるのか…

ちなみに、腕木式信号機 実際にはこんな形をしている筈です
腕木と呼ばれる ものが 水平になると 進行(つまり青信号) それ以外は停止(赤信号)を意味します

現在ではまず見ることのない 腕木式信号機ですが 当時はまだ 地方を中心に数多く残っていました
ちなみに 上の二つの写真は 旧国鉄足尾線 間藤~足尾本山間の廃線で撮影したものです(去年の夏に探索しましたが 未だにブログで紹介してないのは単に忘れてただけてす)


続いて 踏切も こちらも残骸が残っていました

線路は撤去されたようです

使用中止──そうですね これで使用してたら驚きです

さて、不自然にレールが分岐してます
ここに分岐点(ポイント)があったようなのですが 近年撤去されたようです

分岐点があるということは──駅が近いというわけで
ここが紀州鉄道線 旧御坊臨港鉄道の本来の終着駅であった 日高川駅です


構内には数多くの側線があったようだ
ここは 戦前までは機関庫もあり この路線の中枢駅であった
しかし 戦時中の空襲により 駅舎 機関庫が焼失し 新しい機関庫は紀伊御坊駅に建てられ 廃止直前には 利用者低迷により 朝夕の一日二往復のみの運転となっていた

ホームは一面一線のみ その他の側線 終着駅でかつ機関庫があった名残であろう
ちなみに 本線を含め3線が現存しているが 戦前はもう少し側線があったと予想される

駅構内を水路が横切り そこをガーターで線路を通してる

民家に行く手を拒まれているガーター橋梁
ちなみに、もう一つ ガーターはないものの 橋台だけが残されたものが この隣にもう一つあった
もしかしたら この民家が 戦前にあったとされる機関庫の跡なのかもしれない

ホーム跡である 戦前にあったとされる駅舎は こちらのホームにあったようだ

一見 こちらもホーム跡のように見えるが 前途の通り ホームは一面一線しかなかったとされるので やはり機関庫の跡なのだろうと予想される


ちなみにだが、この廃線はAIRに登場する廃線のモデルとはなっているが 廃駅のモデルは ここではなく 千葉県にある某駅の旧駅舎(現存せず)がモデルとなっている

西御坊駅に戻ってきた


現役線のはずなのに 廃線のように見えてしまうのが不思議である
【おまけ】

紀州鉄道線の現在の中枢駅 紀伊御坊駅


キハ603形が居た
2009年に引退した車両で 現在も動態保存されており たまにイベントで走ることがある

当時受験生だった僕は 隣の学問駅にも訪ねた
特に何もなかった

この後 御坊に戻り 水色の117系で和歌山に向った

和歌山でまたもや水色の和歌山線105系に乗り換え奈良へ向かう

途中船出駅で無意味に途中下車

その後 関西本線を経由し 奈良へ 奈良線に乗り換え 京都に向かい その日は大垣まで北上し 泊まった
次の日 再び伊勢に向かい 鈍行で紀伊半島一周を成し遂げ あくせにゃ氏に会いに 榊原温泉に向かったのであった
近鉄大阪線 青山峠区間廃線に続く


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